秋の鳥取・島根をドライブ



石見銀山

石見銀山世界遺産センターに駐車して、シャトルバスで大森バス停に向かいます。石見銀山はパーク&ライドを採用されていて、車の乗り入れができません。
「石見銀山」は、島根県大田市にある日本最大の銀山で、戦国時代後期から江戸時代前期にかけて世界の銀の3割を産出しました。明治期以降は主に銅などの鉱物が採鉱されました。2007年に世界文化遺産に登録されました。歴史的な建造物や遺構が市・県・国などによって文化財に指定され保護されてきたことや、山を崩したり森林を伐採したりせず、狭い坑道を掘り進んで採掘するという、環境に配慮した生産方式がすでにこの場所で行われていたことが評価されました。
銀山へは2.3kmの遊歩道が杉並木を縫って続いています。マイナスイオンを浴びてとっても気持ち良かったです♪
石見銀山龍源寺間歩への遊歩道 銀山地区の町並み
明治28年に建設された「清水谷精錬所跡」 お行儀の良いにゃんこ
龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)

現在公開されている間歩(まぶ=坑道)です。銀山採掘のために掘られた”間歩”と呼ばれる坑道が500余り残り、大久保間歩と龍源寺間歩の一部が公開されています。ただし、大久保間歩の公開はツアー形式での限定公開です。
清水寺 龍源寺間歩の入口
間歩の中は狭く、無数の坑道が掘られています
羅漢寺と大森の町並み

大森は江戸時代に邁摩郡佐摩村の内に発達し、石見銀山領150余村を支配した代官所を配置し、領内の政治経済の中心でした。建物の多くは1800年の大火後の再建ですが、江戸時代はじめの土地利用の形態を引き継ぎ、武家・商家・寺院などが混在しています。大森の入口に位置する「羅漢寺」です。月海浄印が五百羅漢を安置するために1756年に建立した真言宗の寺院です。
羅漢寺から道路を隔てた石窟には、銀山の坑夫の安全と供養のため造立を発願したものです。3室の石窟には、中央の石窟には釈迦三尊が、左右の石窟に250体づつ計500体の羅漢が安置されています。「親に会いたければ羅漢寺においで」と言われるように、500体それぞれ顔が異なり知り合いの誰かに似ているとも言われていて、とても興味深かったです。
羅漢寺 橋を渡ると五百羅漢の石窟がある 釈迦三尊が安置されている石窟
大森は800mほどの街道沿いに町並みが保存されています。旧河島家(地役人の組頭まで昇進した上級武家の屋敷跡)、旧大森区裁判所(町並み交流センター)、大森代官所跡(石見銀山資料館)など、歴史的な建造物がよく保存されてました。また、小高い丘にある観世音寺からは大森の町並みが眺められ、武家や商家や寺社が混在している様子がうかがえました。
歴史的景観がよく保存されている大森の町並み
旧大森区裁判所(町並み交流センター) 小高い丘に建つ観世音寺と境内からの眺め
旧河島家(武家屋敷) ランチは三瓶そば 大森代官所跡(石見銀山資料館)
仁摩サンドミュージアム

”一年計砂時計”があります。この大砂時計は「砂暦」と名付けられ、1tの砂を一年かけて落とす世界最大の砂時計です。全長5.2m、直径1mの容器に1tもの砂が詰められ、直径0.84mmのノズルから刻々と落ちています。でっかいなあっていうのが感想です。
仁摩サンドミュージアム 砂時計いろいろ 一年計砂時計
足立美術館

島根県安来市にある足立美術館は、実業家・足立全康(あだちぜんこう)が、1970年に開館しました。130点にのぼる横山大観の作品が素晴らしく、また広大な日本庭園が美しい美術館です。広大な庭園は”枯山水庭” ”白砂青松庭” ”苔庭” ”池庭”など6つに分かれ、5万坪に及ぶそうです。絵画のように美しい庭園は、遠くの山を借景に取り込んだり、窓枠を額縁に見立てて鑑賞できます。自分なりに切り取った風景画を堪能しました。いくら見ていても見飽きない風景でした!
足立美術館の玄関 大きなガラス越しに見る庭園 窓枠を額縁に見立てて鑑賞


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